招き猫先生の『ことちか日記』R2 2/27

朝から校舎の前に立っていた。
日大坂を登ってくる生徒さんの波は8時過ぎから30分がピークである。40分を過ぎると、パラパラとなり、佐世保からJRで登校してくる皆さんが最後くらいとなる。

 

本日もそろそろ中に入ろうかなとしたところ、校舎から出て、帰ろうとする女子生徒さんが、ひとり。

「えっ、どうしたんだろう?」と思い、近づくと。向こうから話しかけてきた。

「先生、私、高3なんですけど、間違えました。」

一瞬、何を間違えたのかもわからなかったが、すぐに「なるほど」と腑に落ちた。

卒業を間近に控えた高3の登校日は明日である。

彼女は1日間違えて登校したのであった。

「先生、絶対、他の先生には言わないでね。」「ふたりの秘密ですよ。」と。

了解である。他の先生には言わないでおこう。
ただし、ことちか日記には書くのである。

吾輩は言った。「今日来たのは無駄足だったかもしれないけど、私はあなたと話せて嬉しかったよ。」

「確かに、私もそう思います。」と言い、にこっと笑って、日大坂を下っていった。

たったこれだけのことだが、朝から「ほっこり気分」をいただいた。

今朝の女子生徒さんをはじめ、卒業していく高3諸君との別れを惜しむここ数日である。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R2 2/26

長崎県警本部より、警務部首席参事官である城下茂警視様にご来校いただき、第15回IPA「ひろげよう情報モラル・セキュリティコンクール」2019受賞作品の表彰を行っていただいた。

 

このコンクールは、6万点を超える応募がある全国的な規模のものであり、今回、優秀賞をいただいた本校デザイン美術科の生徒さん2名はなかなかに大したものであると感服した次第である。

さらに、うれしいことには、城下様と同行いただいた浦田様のご両名から、「長崎日大の卒業生が長崎県警において頑張っていますよ。幹部クラスで活躍している人たちもたくさんいますよ。」というお言葉を頂戴した。

春の訪れを感じる暖かい午後に、気持ちまで温かくなる気分の良いひとときであった。

  

デザイン美術科の高比良さん、田中くん、おめでとう。
そして、ありがとう。

長崎県警で、県民の安心と安全を守ってくださっている卒業生の皆様、
いつもありがとうございます。
皆様のご活躍とご健勝を切に願っております。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R2 2/23~25

皆様ご存じのように、プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也さんが虚血性心不全のため、84歳でご逝去なさった。

  

常々、野村監督の「言葉の力」には敬服の念を抱いていた吾輩としては、追悼の気持ちをこめて、この3日ほど、その著作に読み耽ってみた。

吾輩が野村監督の著書を初めて読んだのは、1995年のシーズン終了くらいだったかと記憶している。

水島新司さんのマンガ「あぶさん」で、その存在や何となくの雰囲気は知っていたものの、やはり、ヤクルトの監督に就任し、優勝できるチームに育て上げた頃に、吾輩なりに「凄い人だな。」と思い、手に取ったのである。

画像にある「ノムダス 勝者の資格」である。

今回改めて通読してみた。やはり、その後の著書の原型が感じられる。

特に印象に残るのは、歴史上のあらゆる人物の名言、中国古典の名言など、とにかく、出会う人物や書籍から貪欲に学び、言葉を取り入れようとする野村監督の姿勢がにじみ出ている点であった。

当時、還暦を迎えた野村監督である。吉川英治さんの「われ以外、皆わが師なり。」という言葉を本当に実践なさっていたのであろう。

よって、野村監督が影響を受けた作家、文人等の数は枚挙に暇がないことだろう。

その後の著書を読み進めると、「この方を欠かすわけにはいかない」という人物が浮上した。

以下の記事文を後へ一読あれ。である。

死去してから一夜明けた12日、数々の名言を残した野村さんの“師匠”に出版界の注目が集まった。小学館マーケティング局によると、野村さんの著書の代表作で、自身の経験をもとに指導者のあり方などをつづった「野村ノート」など、小学館文庫の5作の重版がこの日、決定した。出版関係者は「ほかの著書にも反響があり、野村さん関連で何か企画をしたいと考えている会社は多いようだ」と語る。中でも関係者の間でクローズアップされているのが、作家の草柳大蔵さん(02年死去、享年78)。野村さんの人生に大きく影響を与えた人物だ。

さらには、 『週刊ベースボール』2020年3月2日号(2月19日発売)より、廣岡達朗(ヤクルト、西武で監督を務め、両球団で優勝、特に西武では4年間で3度優勝という偉業を残し、黄金時代の基盤を創った人物である。)さんの文章である。

 晩年は著書を何冊も出していたように、野村は言葉を武器にしていた。しかし、彼は先天的に言葉を持っていたわけではない。私が知る野村はむしろ喋れなかった。そんな野村を変えたのが評論家・草柳大蔵との出会いだ。野村は草柳の著作を読み、最初はその受け売りだったかもしれない。しかし、読書こそ自分の言葉を獲得する最大の手段であることを知った野村は、草柳以外にも多くの本を読むことで、新聞記者が泣いて喜ぶような名コピーライターになっていった。

確かに、その後の野村監督の著作には、草柳大蔵さんの影響を強く感じる部分がある。しかし、一人ひとりとの出会いを大切にし、一つ一つの言葉を大切にし、自分自身の体験や思索とからめて、温め続けた野村監督というフィルターを通すことによって、さらなる妙味が加わっていると感じるのである。

稀代の名選手であり、名監督であった野村克也さんのご冥福を祈るとともに、その「言葉の力」を大切にする姿勢を学びたいと思う。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R2 2/22

本日は「中学2年生対象入試説明会」であった。

 

 

この企画は例年、新年度の4月に実施していたものであるが、昨今では、いくつかの中学校の中学2年の生徒さんたちが、学習の一環として本校を訪れ、学校の説明や模擬授業などを体験していただいている。生徒さんからは長崎日大に対するなかなか鋭い質問が出ることも多い。

その様子を見て、高校選びは中学生とその保護者の皆様にとっては時間のかかる大きな決断だと改めて感じ、この時期での開催としたわけである。

本日の説明会を「はじめの一歩」として、新年度からの様々な説明会やオープンスクールなどのイベントにご参加いただけたらと切に願う吾輩である。

本日は、180名を超えるご来場をいただいた上に、その後の個別相談会にも多くの皆様が「より具体的な説明を」と集まっていただいて、本当に嬉しい限りである。

 

この春にご入学いただく新入生の皆さんとその保護者様、本日ご来校いただいた生徒さん・保護者様の期待に応える長崎日大でありたいと思う。

本日はここまで。

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招き猫先生の『ことちか日記』R2 2/21

思わぬメールが、米国より届いた。
メールの送り主は、平成6年度の卒業生M君であった。

 

平成4年度入学~平成6年度卒業のM君は、当時の国公立進学クラス(現在のアカデミーコース)に在籍した。
拙ブログにおいて何度か語ってきたが、長崎日大の国公立大学進学クラスは、平成元年にスタートしたものである。

M君のクラスは、その第4代目となる生徒さんである。

当時32歳の力野先生が担任、29歳の吾輩が副担任として、力一杯、目一杯、もはや、クラスというより「部活動」といったほうがよいような、それはそれは濃い3年間であった。

生徒さんの努力と保護者様のご協力のおかげで、一橋大・大阪大・九州大・広島大・熊本大・長崎大をはじめとする多くの国公立大学合格を出すことができたが、吾輩自身今思えば、まだまだ経験不足で荒削りだったなぁという感がする。

とはいえ、あの時代はあの時代ならではの「熱さ」があったのかなとも思う。

M君からいただいたメールによると、彼は現在、米国に在住しており、環境問題に対応する公的な機関で活躍しているそうな。

メールの最後に「長崎日大で培った根性とハッスルは今も私の支えとなっています。」と記してあった。

「根性とハッスル」いい言葉である。

本日はここまで。

 

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