招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/12

巷では「米朝」でもちきりである。

近頃、授業で読んだ新聞記事の「諸外国と比較して、日本の若者は自己肯定感が低い」という文章に対して、生徒たちと一緒に盛り上がった。

生徒たちからは「確かにそうだよね」というものから「外国と比較されなくていいのでは」「日本人の奥ゆかしさもあるのでは」「自己肯定が強すぎるのもいかがなものか」「自己肯定が強いやつは嫌いだ」「自己否定することが結構多い、どうしよう」などなど、活発な意見が続出した。

吾輩は「それでよし」と思う。青春期において「自分はなんてダメなやつだ」と自己嫌悪・自己否定に一時まみれることはそれほど(程度の問題はあるが)悪いことではない。それに対して「あーだ、こーだ。あーでもない、こーでもない」と意見が生まれる方が健全である。

ポピュリズムの問題まで絡めようとは思わないが、吾輩は、自己肯定と自己否定を程よくバランス良く抱く人間の方が逆に安定感があるような気がする。自信満々、リア充自慢、ポジティブの塊みたいな人物も悪いとは言わないが、過ぎると疲れる。もっと過ぎると危険である。

「米朝」に限らず、国家レベルの問題にしても、一個人レベルの問題にしても、
本日の漢文の授業にも出てきた。「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし」である。

「青春の感情は猶ほ紫陽花の色のごとし」である。

本日はここまで。

 

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