招き猫先生の『ことちか日記』H30 12/17

本日は、平日の休業日である。
ここがチャンスとばかりに、中学校訪問に精を出した。
画像はどこかおわかりだろうか?

具体的な中学校名はともかくとして、朝から西へ東へと合計9校の訪問であった。一昔前の中学校訪問とはその流れの良さに格段の差がある。
カーナビ様様である。

とはいえ、近くまでその中学校が見えているのに、「近づき方がわからない」「駐車スペースがどこにあるかわからない」ということもある。多少手こずることもあるが、行く先々の中学校はそれぞれに特色があり、生徒の皆さんや先生方の気持ちが表れている校舎を見るのは実に楽しいものである。また、勉強になるのである。

公立中学校がここまでやっているなら、私立の日大中はどうすべきか。中学生に選んでもらうために長崎日大高校はどうすべきか。様々に考えるのである。

9年間の中学校暮らしを経て、ねぐらを高校に移した吾輩であるが、日大中も日大高校も生徒諸君・先生たち、みんな本当によく頑張っていると思う。

しかし、現状に満足するだけでは進歩はない。向上の意識がないところに現状維持はない。

現状認識・先見性・企画力・実行力・表現力などなどが相まって前進・向上していくのである。現在の長崎日大の生徒諸君・職員室・保護者の皆様を見ているとそれができる環境が整っていることを実感するのである。

本日はここまで。

 


『ことちか日記』過去掲載分をご覧になるには招き猫先生をクリックして下さい!

招き猫先生の『ことちか日記』H30 12/16

昨日は、県下一斉実力テスト、今年最後の入試個別相談会と賑わっていた長崎日大も今日は静かな日曜日である。職員室も珍しく吾輩一人である。

本日はここのところ雑然としていた身の回りの整理整頓と冬季進学講座と冬休みの課題の準備の予定であった。

が、しかし、予定は未定にして…という言葉どおり、なかなかはかどらない。それはなぜか、吾輩、自慢ではないが「捨てられない男」なのである。特に問題集や参考書、書籍、小冊子のたぐいは難しい。

「いつか使うかも?」と考えただけでダメである。結局のところ整理整頓というよりも「ただ移動しただけ」で終わってしまうことが多い。

と嘆きつつ、散らかった机上を整理もせず、今も拙ブログをつれづれに綴っている。

その昔、「3年間使うことのないものは捨てていいものだと判断すべし」と先輩教師から言われたことがある。意を決して捨てた参考書をもう一度買い直したなどということもあった。

浅学非才である吾輩にとって「良き参考書・問題集」との出会いは最もありがたいものである。当然一冊で事足りるということはなく、「この部分はこれ」、「ここを教える時はこれ」、「この対策にはこれが合う」、「これをこう使うと効果的だ」といった感じで使い分けて適応させていく。よって吾輩の書棚は混乱していくのであった。

国語の指導をして早や33年、大学時代の塾の講師を含めるともっとである。時代は大きく変わった。今後においてもその変化は加速度を増すと思う。

しかし、生徒諸君に「ものを教える立場の人間」として変わってはならないものがある。それは「学び続ける姿勢」である。

本日はここまで。

 

『ことちか日記』過去掲載分をご覧になるには招き猫先生をクリックして下さい!

招き猫先生の『ことちか日記』H30 12/15

本日は「県下一斉実力テスト」である。

一昔前は、この「県下一斉」の成績による長崎五校を中心とする公立進学校同士の競り合いを垣間見つつ、自分の教えているクラスの成績の進捗確認としていた感があるが、現時点では長崎五校、佐世保三校、諫早二校、大村、島原といった公立進学校のバランスは大きく失われてしまった。

とはいえ、吾輩の国語の授業の到達・習熟度の確認としては現在も有効な判断材料だと思う。なぜなら、実際に長崎県の高校生を日常の現場において指導なさっている「先生たち」による作問であるからだ。

日々の授業において「ここはわかってほしい」「これは覚えておいてほしい」という思いが伝わってくる。「県下一斉」の問題冊子をとおして、作問者である先生方と会話をしているような気がする。

さて、愛する高校1年1組、2組諸君の成績やいかに?である。早速採点してみたが、「なかなか健闘している」というのが素直な感想である。

もちろん県内の平均など、他校の状況を見なければ何とも言えないのであるが、得点は90台から幅広く分布しているものの、よくあるスカスカの答案用紙は一枚もなく、それぞれに懸命に取り組んだという気持ちが伝わってくる解答であった。吾輩はそれで充分満足である。おそらく、他のクラスを担当している先生たちも同様な感想を持っているのではないだろうか。

生徒諸君よく頑張った。吾輩はとてもうれしい。
諸君は吾輩の自慢の生徒である。

本日はここまで。

 


『ことちか日記』過去掲載分をご覧になるには招き猫先生をクリックして下さい!

招き猫先生の『ことちか日記』H30 12/14

現在、12/14(金)の放課後、18時を回ったところである。

いよいよ明日に迫った「県下一斉」の過去問解説を終了し、生徒たちは解答・解説の見直しに取り組んでいる。

ひとしきり校舎~体育館あたりをウロウロしてみた。
体育館からは元気なかけ声とボールが弾む音、シューズが床をこする音が聞こえる。校内には吹奏楽部の奏でるメロディーがどこからともなく聞こえてくる。武道館である鳳雛舞館の柔道・空手・剣道の練習も熱を帯びている。おそらく第2グランドでは、野球・サッカー・テニスの新チームが春に向けて力を蓄えていることだろう。もうすぐ、外で練習している陸上部やゴルフ部のマイクロバスも戻ってくる。全館に灯りがともっている2号館の中学生やデザイン美術科もまだまだ講座や制作に勤しんでいるようだ。さて、1号館を一回りしてみると、先日修学旅行から帰ってきたばかりの高校2年生が「非日常」から「日常=現実」に引き戻されたように講座に挑んでいる。いよいよ正念場を迎えた高校3年生の迫力ある取り組みは言わずもがなである。

これが長崎日大である。
「長崎日大ここにあり」である。

 

本日はここまで。

 

『ことちか日記』過去掲載分をご覧になるには招き猫先生をクリックして下さい!

招き猫先生の『ことちか日記』H30 12/13

ここのところ、県下一斉実力テストの過去問解説をよくやっている。平成25年度の評論の出典で懐かしい再会があった。

平成25年度の評論問題における問題文の出典は、上田紀行先生の『生きる意味』であった。上田先生の『愛されるより愛する人になる』という著作に出会い、中学校の作文試験の出典に使ったこともある。

 

今回の『生きる意味』も10数年ほど前になるだろうか。作品中の、

私たちひとりひとりが固有の「生きる意味」を持っているということは、ひとりひとりの「ワクワクすること」と「苦悩」を生きているということである。他者を尊厳あるものとして見るということは、他者の「ワクワクすること」と「苦悩」に対して鋭敏な感受性を持つということだ。

という言葉が実に印象に残っている。

久々の、しかも意外なところでの「言葉」との再会であった。これもまた「ことちか」の醍醐味である。

本日はここまで。

 

『ことちか日記』過去掲載分をご覧になるには招き猫先生をクリックして下さい!