招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/24

本日は、長崎日大「部活のオープンスクール」絶賛開催中である。

朝早くから、遠近を問わず多くの中学生の皆さん、保護者の皆様にご来校いただき、大感激である。体育館に集合した各部活動に参加する皆さんの顔を見ているとワクワクしてしまう。

数名の中学生の皆さんと話してみると、「長崎日大で○○をしたいんです。」という元気な声が返ってきた。県高校総体を制覇した柔道部、ハンドボール部、サッカー部だけでなく、あらゆる部活動の名前が挙がるところが嬉しかった。

どの競技でも「常勝」ということは不可能であろう。しかし、「高校3年間をこの学校の、この部活動の一員として自分を成長させたい。人生の背骨にしたい。」と考えて長崎日大を選んでくれる生徒さんがいるとしたらそれは「常勝」を誇ることよりも価値があるかもしれない。

本校の部活動の中にはその域にまで到達しているものがあるのだと思う。

そして、部活動をきっかけとして入学を決めていただいた生徒の皆さんと保護者の皆様に、卒業のとき「総合的評価」として「長崎日大を選んでよかった」といっていただけるように、教職員全員で温かく迎え入れ、育てていきたいものである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/23

明日は長崎日大の今年度2回目のオープンスクール、名付けて「部活のオープンスクール」である。

現在、夏季進学講座や部活動も終了した17:00近い時間であるが校内ではオープンスクールに向けての準備と最後の点検が進んでいる。

本日とても嬉しいことがあった。
午後の清掃時間のことである。第1グランド周辺の屋外トイレを我らがプログレスコース長「ブラスバンドマスター」こと永石先生がプログレスコースの生徒さんたちと一生懸命掃除してくれていた。
ある程度きれいになっていたが、汗びっしょりの永石先生は「まだまだ」という感じであった。
さらに「せっかく新しくなった校舎だから、さらに来てくれた中学生たちを感動させるくらいキレイにしておきたいですよね。」という言葉が語られた。

なんとも嬉しい一言であった。

その後、ハンドボール部の部員諸君の協力もあって、画像のようにピカピカのトイレでオープンスクールを迎えることができそうである。


本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/22

本日は、平成30年度長崎県高等学校新教育課程説明会(総則部会)ということで新しくなった長崎県庁を訪れた。

文科省による説明を受けた高校教育課の先生方からの説明である。教務主任の「キングカズ」こと坂本先生と勇んで出かけたのである。

3時間ほどの説明会であったが、約200ページにわたる「高等学校学習指導要領」総則編についてご説明・ご教示をいただいた。

今回ご教示いただいた「教育内容の主な改善事項」のトップに「言語能力の確実な育成」と掲げられている。

・科目の特性に応じた語彙の確実な習得、主張と論拠の関係や推論の仕方など、情報を的確に理解し効果的に表現する力の養成(国語)
・学習の基盤としての各教科等における言語活動(自らの考えを表現して議論すること、観察や調査などの過程と結果を整理し報告書にまとめること など)の充実(総則、各教科)

という文章を読んで驚いた。まさしく、ここ数年「言語技術トレーニング」として推進してきた内容なのである。目指していた方向性に文科省のお墨付きをいただいたようなものだなぁと一人ほくそ笑む吾輩であった。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/21

今年の高校1年生夏季進学講座は「古典文法・助動詞」の理解に重点をおいて進んできた。

前期進学講座~学習合宿~後期進学講座と続いてきて、いよいよ終盤に近づいた。後数時間で総仕上げを実施して、2学期始めの「校内実力考査」で「いざ!腕試し!」である。

拙ブログをご覧いただいている皆様にも覚えがおありかと思うが、古典文法、特に助動詞の理解は「これで古文が嫌になる」という声が出るほど、一度での理解が難しいものらしい。

おそらく、必ず覚えなくてはならない部分とその場面での訳出の仕方で解答が変わってくる部分が混在していることが原因かと思われる。

例えば、「池内勉励すべし。」という古文があって、文中の「べし」の文法的な意味を応えよという問いが出たとしよう。生徒たちは
①「~だろう」と訳す「推量」
②「~しよう」と訳す「意志」
③「~はず・~べき」と訳す「当然」
④「~するのがよい」と訳す「適当」
⑤「~せよ」と訳す「命令」
⑥「~できる」と訳す「可能」

①~⑥のいずれかに決めて答えなくてはならないのである。しかし、これには無理がある。ストーリーが存在する文章中であればまだしも、「池内勉励すべし。」という短文だけであれば正直不可能である。

特に、③「池内くんは勉強すべきだな。」④「池内くん勉強したほうがいいよ。」⑤「池内、勉強しろよ。」という訳であれば方向はすべて同じである。

よって、少なくとも③当然と④適当と⑤命令は確定できないのである。厳密に言えば①~⑥すべてにおいて訳が成立することだってないとは言えない。

大切なことは、その池内くんが日頃どんな人間なのか、どんな立場に置かれているのか、「池内勉励すべし」と言った人の立場や二人のやりとりなど、適切に判断するためのファクター、ストーリーが必要なのである。

助動詞を学習するだけでは助動詞の理解は完結しない。ということだ。
これは「物事を学ぶ」ということの万事に通じることではなかろうか。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/20

書く力、所謂「記述・論述」という力の大切さを今更ながら痛感する。また、これからの未来社会において中・高の中等教育時代において最も育成すべきはそれではないかと考えるのである。

本校クリエイトコース・アカデミーコースが来る8月25日に受験する「第二回全統高一模試」の過去問を先週末の課題として出してみた。

出来不出来はともかく、それぞれ懸命に取り組んだ答案が提出された。

しかしながら、現代文の評論の70字、小説の100字の問いに手がついていないもの、完結できていないものが、全体の22%を占めていた。特に小説の100字に手こずったようだ。80分という時間設定の下で取り組んだため、時間切れという面も否めない。

吾輩が担当している高校1年生約80名はいい加減に手を抜いた答案を作成することはまずない。しかし、問い(出題者の意図)を的確に読み取り、問題文の論理構成と該当箇所を見極め、自らの中で再構築(組み合わせや一般化など)したものを、明解に文章化するという手順には慣れていない感がする。

これこそ、AIにはできない「求められる能力」なのである。

本日はここまで。

 

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