招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/10

画像は、本校新聞部が発行した「長崎日大新聞」平成30年8月1日付 第22号である。

内容は、創立50周年であった昨年から今年にかけて、記念式典、50年の歩みに始まり、生徒会長の言葉、修学旅行、デザイン美術科、高校総体(柔道・ハンド・サッカーの優勝)、サッカー部の亀田先生と牧村主将のインタビュー、全国高校総文祭弁論部門に出場する山﨑さんの紹介、卒業生アンケート、教員へのアンケートなどなど盛りだくさんである。

 

 

それを上手に編集してあり、読んでいて非常に楽しいものになっている。
長崎日大新聞部諸君のご尽力に深く感謝である。

拙ブログをご覧の卒業生の皆様、数に限りがあります(先着順ですぞ)が「読んでみたいな」と思う方がいらっしゃったら吾輩にご一報いただきたい。


本日はここまで。

 


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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/9

「長崎で生まれ育ち、そして学ぶ私たちには、
   世界の平和と人類の福祉に貢献する義務がある。」

本日、長崎に原爆が投下された日である。
改めて尊い命を亡くされた皆様のご冥福を祈りたい。合掌。

 

インターハイに出場している長崎日大サッカー部が2回戦を突破した。盛岡商業との対戦は12年前、前回出場時のリベンジマッチであった。前半終了で1対3、後半で追いついて3対3のまま、PK戦へ。3対0という珍しいスコアで勝ちをもぎとった。

市立船橋など有名校、実力校が姿を消していく中、2回戦突破は大したものだなと感服している。今後の健闘を期待したい。

時を同じくして甲子園での高校野球も盛り上がりを見せている。

今年、野球以外のポイントで注目を集めているのが、旭川大学高校の丸刈り禁止や伝統的に坊主を強制していない慶応高校である。

昭和の柔道少年であった吾輩としては「坊主当たり前」なのであるが、まあそれも深く考えたことはなかったということである。

「伝統だから、慣習だから、みんなしているから」ではいけない。という考えもよくわかる。旭川大学高校や慶応高校、土浦日大(も丸刈りではなかったと思う)などの高校を悪いとはまったく思わない。

ただ、それぞれにあっていいのではないかとも思う。「うちは坊主だよ」と言い切る部活動もあっていいのではないかなと感じるのである。つまり、すべてを個人の自由の尊重とか強制力の廃止の方向にもっていかなくてもいいのかなという思いである。

行きすぎた強制やわけのわからない規則、ルールは是正すべきである。また、何も考えずにただ従うことも善いこととは言えない。しかし、それぞれの活動の中で生まれてきた慣習や伝統を「なんでかな?」と思いながら一度受け入れてみる寛容さやその体験もそれほど悪いことではないと思う。世の中すべてにおいて得心のいく説明を求めることは難しい。もちろん自他にとって心身への苦痛を伴わないことが条件ではあるが。

物事はバランスである。高校生諸君には、TPOに応じて「常識を疑うこと」と「常識を守ること」を程よく学びつつ、成長していってほしいものだと思う。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/8

画像は、今年度の高校1年生から新たにスタートした「ことちかノート」である。

高校1年生のあるクラスのノートをめくってみた。
4月からの「対面式」「制服着こなし講座」「情報マナー講座」「弁論大会」「予備校講師による講演」などなど、それぞれ200字程度の文章であるが、ときには客観的に、ときには主観的にと、「意識した」文章が書き綴ってある。

高校1年間でおよそ200字×30回=6000字を記すことになるだろう。現在の高校1年生には年間原稿用紙100枚、40000字を綴ってもらうことを目指している。

それでは「なぜ」書くことにこだわるのか?

これについては明日以降に!

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/7

「書く」ということにこだわって考えてみる夏にしている。これについては今後折々に触れるが、幾つかの調べ物があって、ここのところ長崎市と諫早市の図書館を利用した。

図書館司書の先生にお尋ねして抱えていた疑問を解決することができた。「ありがたし」である。それにしても常々思うのであるが、司書の先生方の頭の中には所属する図書館の蔵書がすべて入っているのか?というくらい、こちらの質問に即座に答えてくれる。長崎日大が誇る敏腕司書平塚先生も然りである。

そこで、とあるニュースが目についた。記事の内容は少し方向性が異なるのだが、取り上げられている司馬遼太郎氏の言葉が印象的であった。以下引用である。
「自治体はまず最初に図書館をつくるくらいの気概を持たなければなりません。(中略)まず図書館を立派にしなければ街という感じがしませんね。それと、その市における最高の官吏に司書をやっていただけるといい。」

文化は無理矢理つくるものではなく、人の営みの中で長い年月をかけて蓄積され、形成されていくものなのであろう。しかし、その営みに「何らかの意志や意図」があることが望ましい。学校における文化もそのようなものだと吾輩は思う。

「無」から「有」を創りだし、昭和・平成の時代を半世紀全力疾走してきた「長崎日大」に「真の学校文化」が芽生え、根付いていくことを期待している。そしてそこには吾輩たち教員の「何らかの意志や意図」がなくてはならないのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 8/6

日本大学から「日本大学教職員便覧」が届いた。
少々驚いたことがある。

それは便覧の中に記されている「日本大学創立130周年記念キャッチフレーズ」である。
そこには『130年の輝きと共に、未来を創る』とある。

なななんと、昨今吾輩が繰り返している「長崎日大は青春の思い出だけでなく、未来を創る学校なのである。」というフレーズと見事に重なっているのである。

この『130年の輝きと共に、未来を創る』という言葉は当時商学部3年生であった瀧澤瞳さんが考案したものであるようだ。まったくの偶然であるのだが何だか嬉しい。

若き日の出来事、青春の思い出は非常に大切である。しかし、「学校」というところには「思い出づくり」だけに終始してはいけない部分があるように思えて仕方がない。

吾輩は中学・高校時代の取り組みを軽んじているわけではない。そこに加えてほしいのである。「あの頃はよかったよなー」で終わるのではなく、「あの頃があったから今がある。」「あの頃もよかったけど、今はもっといい!」という人生を送ってほしいものである。

本日はここまで。

 

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